北海道胆振東部地震を経験し
防災意識を高めた学生時代。
2018年9月に、北海道胆振東部地震が発生し、ブラックアウトを経験しました。当時、私は大学2年生。電力の供給がなくなり、スマートフォンは通信制限がかかって、実家の両親とも連絡が取れなくなりました。当時、大学の近くで一人暮らしをしていた私は、自宅にいてもいいのか、避難所に行くべきなのか、その判断もできず不安でたまりませんでした。そこで、近所に住んでいる友人と連絡を取り安否を確認。友人の家は水道も止まっていたため、ガスと水道は無事だった私の家にほかの友人も呼んで、持ち寄った食料を食べながら電気が復旧するのを待ちました。

この災害がきっかけとなって、それまでハザードマップさえ見たこともなかった自分の防災意識の低さに気がつきました。恐らく私だけでなく友人も地域の人たちも、普段の生活で防災を意識する機会はあまり多くないはず。それならば、世の中の防災意識を高めることに貢献できないかと考えるようになったんです。日本文化学科には地理学の授業があり、災害と地名の関係を研究されている先生がいらっしゃいました。災害後、その先生を訪ね、防災への関心を伝えたところ、東北地方で災害の歴史や地名の由来を調べるアルバイトに誘っていただきました。東日本大震災で被害を受けた東北地方では、過去に何度も津波が来ていて、その歴史が地名となって残されている地域があります。それは先人たちが、地域の危険性を地名によって後世に伝えようとしたもので、歴史的な文献や口伝として残っているものを現地で調査し、GIS(地理情報システム)を使って地図に集約する研究のお手伝いをしました。

教職課程を履修していたこともあって、卒業論文は防災教育について書きました。防災意識を効果的に広めるためには、子どもたちへの教育に防災を取り入れるのが近道だと思ったからです。卒業後、さらに大学院に進み防災教育について研究を深めました。
一人でも多くの人が
災害を生き延びられる世の中に。
大学院修了後、北海道で高校の教員になりました。しかし、学校では防災教育に割ける時間はわずか。防災についての専門性を十分に活かせる場ではないと感じ、防災研修や防災コンサルを専門に手掛ける企業に転職しました。現在、東京を拠点に、全国の自治体や地域の自主防災組織に向けて、防災の教材を作成し、研修を企画・実施しています。

防災にはさまざまな切り口があり、自主防災組織のリーダー向け、女性向け、マンション居住者向けなどさまざまな研修を行っています。研修では、知識や経験が災害時に活かせる内容となるよう工夫。例えば、限られたスペースと物資でどのようにレイアウトを組んで避難者を受け入れ、いかに効果的な避難所の運営をするか、参加者に考えてもらうといった実践的なプログラムを実施しています。こうした教材を作り、講師として指導に当たるからには、私たちスタッフも日々、過去の災害から課題を見つけ、防災について、1日1つでも新しい知識を身につけようと努力しています。

教員の経験も、受講者に分かりやすく教える、伝えるという面で、今の仕事にはプラスに働いていると感じます。災害が起きると、男女の格差、高齢者や障害者等の要配慮者への対応、地域住民の関係性の希薄さなど、その地域の課題が浮き彫りになるんです。そうした課題も踏まえて、平時から研修を通じて考えてもらうことで、地域で防災力を上げることを目指しています。実際に災害が起きた時、地域で主体となって活動するのは、その地域に暮らす住民の皆さんです。こうした一つひとつの研修が、一人でも多くの人が助かる未来の一助になれたらと考えています。

研修を受けた方々からいただく「学んだことを地域の防災活動に活かしたい」「周りの人にも伝えたい」という言葉が、やりがいになっています。今後は、地元北海道の地域防災力向上にも貢献していけたらと考えています。現在、防災に関わる仕事をするようになり、改めて大学時代に私の興味を全力で応援してくれた恩師に出会えたことにとても感謝しています。
将来の道を見つける4年間に
私が2部を選んだのは学費面で親の負担を減らすことと、日中の時間を興味・関心のあることに使いたかったからです。目標に向かって頑張りたい人、やりたいことを今から探したい人に2部はおすすめです。学生時代はいろいろなアルバイトやボランティアも経験しました。4年間というかけがえのない時間を、誰にも負けない何かに打ち込む時間、これからの道を見つける時間にしてください。
